親子ラバーズ
「また来ましたよ」
フロア担当の女の子が私にささやいた
厨房から覗くといつもの席に親子が座った
毎週日曜日13時になるとこの親子はやってくる
そしていつも同じメニューを注文する
「牛すじカレー2つ」
調理担当の私はすでにお皿を二つ用意している
牛すじカレーを鍋で温め直している間にお皿にご飯を山型に盛って
付け合わせのサラダの準備に入る
ちょうど付け合わせが出来上がった頃牛すじカレーも煮詰まってきた
ご飯が盛られたカレー皿に牛すじカレーを多めに注いで出来上がり
いつもながら美味しい香りが舞い上がる
きっとテーブルに運んだ際にも同じようにお客さんの鼻をくすぐるんだろうなと想像すると楽しくなる
この親子が毎週来るようになったのは半年前、私のカフェ「ユニオン・スクエア」にちょうど牛すじカレーを新メニューとして追加した直後からだ
最初はお父さんが近くの現場から来たのか作業服のまま訪れた
味が気に入ったのか翌週の日曜日には子供を連れて食べに来るようになった
自分で言うと自慢になるがトロトロになるまで煮込んだ牛すじは柔らかい中に少し歯ごたえを残した絶品だ
少し辛めなスパイスが牛すじの味を引き出してご飯に合うと自負している
初めての会話
「初めて子供の声を聞きました」
とホールの女の子が私に報告に来た
そして不思議そうな顔をして
「K−POPアイドルの髪型でいつもジャージだったからてっきり男の子だと思っていたけど
あの声の感じ、もしかしたら女の子かも? 」
と言った
「エッ、そうなの? 」
と私が覗き込むと
父親のほうが立ち上がって
「そんなのできるわけなかろうが! 」
と怒鳴り声を上げた
子供はスプーンを持ったまま俯いている
ガテン系の父親は今まで声を荒げるようなことはなかったが感情的になっているのを初めて見た
どうしようか迷ったが私の生来のおせっかいが出てしまう
「どうかしましたか? 」
と声を掛けてしまった
「何でもなか! 」
と答えた父親の声が震えている
残ったカレーをそのままに
「帰るぞ」
と父親が言った
子供も同じようにカレーを残して立ち上がった
「ごちそうさま」
と言ったその声はか細く、やはり女の子のようだった
違和感あり
あの一件があってから、親子が牛すじカレーを食べに来ることがなくなった
二週間ほど経って季節が冬に差し掛かろうとした頃、女の子が来た
ちょっとぽっちゃりした同級生らしき男の子と一緒だった
席に座ってケーキセットの注文を済ませると二人とも漫画を読み始めた
ケーキセットが届いて食べ始めると二人は楽しそうにお互いの漫画を見せながら話している
あの女の子がこんな楽しそうに会話しているのは初めて見る
どうやらふたりとも漫画やアニメが好きなようだ
私が食べ終わったお皿を下げに行った時
「あの時のセリフ、めっちゃカッコイイよね」
と女の子は私が知らないアニメのセリフを真似していたので
「アニメ好きなんやね? 」
とつい話しかけた
「はい、僕はバトル系が好きでユーくんはファンタジー系が好きかな」
と女の子が男言葉で答えた
ユーくんと呼ばれた男の子は何の違和感もないようにウンウンと頷いている
「ユーくんはITも強いから、自分で動画も作れるもんね」
と友達の自慢をしている
「ごちそうさまでした」と二人は一時間ほどで店を出た
店を出て斜め左にある百均の店に二人一緒に入っていくのが見えた
30分ほど経った頃今度は女の子が一人で店に入ってきた
すでにランチの時間が過ぎてお客が少なくなっていたので
カウンターの席に案内して女の子を座らせた
「やっぱり牛すじカレー食べたくなったから」
とはにかみながら女の子が注文したので
私は
「病みつきになるでしょ! 」
と自慢げに微笑んだ
牛すじカレーを出して私がカウンターで明日の仕込みをしていると
「この間はごめんなさい
カレー残してしまって」
と女の子が謝った
「気にせんでよかよ
今日は残したらいかんばい! 」
と私が笑って答えると
嬉しそうに牛すじカレーを頬張った
「この間は何で怒られたと? 」
と聞くと
少し悩んだようだが口を開いた
「僕、アニメの声優になりたいって初めて言うた」
「アニメの声優?
たしかにアニメは今人気あるもんね」
と言いながら、しかしこの子の声はちょっと特徴的で好き嫌いが分かれるかもと否定的な評価をしてしまう自分を感じた
すると女の子は続けて
「僕の声はちょっと変だから、可愛い女の子の声は無理だけど
男の子とか、人間じゃないキャラクターの声にはピッタリじゃないかと自信がある」
「それに僕は普通の女の子とは違うから、
中性の気持ちがわかるから、色んな役に合わせられると思っている」
と正直びっくりするほどの自己分析をしていた
「そう言ったらお父さんに反対されたんやね」
「そげな夢みたいなことできるわけ無いやろって言われた」
「お父さんびっくりしたんかもしれんね
普通の人は知らん業界やからね」
親子の問題にこれ以上首を突っ込まないほうが良いと分かっていながら
私の口からこんなアイデアが飛び出した
「今度のクリスマスは日曜だから、昼間に子供向けのイベントをしようかなと思っていたんよ
どうかな、子供向けの紙芝居みたいなのをやってみるのは? 」
「エッ」
とどういう意味かわからないという顔で女の子が私を見ている
「紙芝居の声をあなたがやるのよ
そしてお父さんにも見てもらったらいいじゃないかな、あなたのやる気を
お父さん日曜は休みなんでしょ、いつも一緒に牛すじカレー食べに来てたんだから」
「そういえばあなたの名前聞いてなかった、教えて」
と言うと
「マコトです」
と少し寂しそうに答えた
「お父さんが男だと思い込んでいたみたいで、医者もそう言ってたらしくて
男の子の名前、マコトしか考えていなかったみたいで
だからベビー服も全部男の子用で」
「僕自身もスカートや可愛い服が嫌いで着れないし、
小さいときは男の子と一緒に遊んでばっかりいたし、
その方が楽しかったのに」
小さな胸に詰まった苦しさが一気に吐き出されたような空気が流れた
「マコトくん
やっぱりクリスマスイベントやろう
実際のアニメじゃないけど紙芝居でも感情を吹き込めばお父さんに本気度が伝わるんじゃないかな? 」
「わかりました、やります
そうだ!
ユーくんに頼んでアニメ風の紙芝居にしたら面白いかも!? 」
マコトくんの目が輝いていた
クセ強昔話
クリスマスの日、私達が開店準備をしている横でマコトくんとユーくんがPCと大型モニターをケーブルで繋いだりマイクとスピーカーの調整をしている
こんなに本格的になるとは思っていなかったが本人たちはすごく楽しそうだ
「今日は何をやるの? 」
何度か所要時間や設置場所の打ち合わせはしたが演目は任せっきりだった私は初めて演し物を訊いた
「見てのお楽しみです」
と二人とも教えてくれない
お互いの準備が一段落ついた時
私はマコトくんに訊いた
「お父さん、観に来るように伝えた? 」
「うん、言ったけどなんか用事があるって言ってた」
と寂しそうに答えるマコトくんに私は
「そう、残念ね」
しか言えなかった
今日は親子連れのお客のみの貸し切り営業とした
最初に私から日頃の感謝の言葉とイベントスケジュールの説明をした後
「さあ、ここからはマコトくんとユーくんにお任せします
お二人よろしくお願いします」
と二人にバトンを渡した
「昔むかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました
おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました」
から始まる桃太郎が演目のようだ
大型モニターに映し出される絵は昔話のものだったが
途中から少しずつタッチが変わってきた
子供の頃の桃太郎はイタズラ好きだし、勉強サボってゲームばっかりやっておじいさんとおばあさんに叱られる厄介者
鬼退治に向かう途中で出会う犬や猿やキジは実は近所の嫌われ者ばかり
そいつらを甘い言葉で騙して危険な鬼退治に連れて行くことに成功したのが桃太郎だった
しかしそんな奇想天外な桃太郎だが大型モニターに映し出される絵のクオリティーは高く、何よりその絵に合わせて語るマコトくんの声と話術が素晴らしかったので子供も大人もストーリーに引き込まれているのが分かった
いよいよ鬼ヶ島に突入の場面では鬼はあっさりと無抵抗で降参した
そして鬼たちは桃太郎にこう訴えかけた
「オラたちは人間に食べ物や着る物を分けてほしかっただけなんです
オラたちはお金持ってないから代わりに働いて役に立ちたかったのに
人間は肌の色が違うから、角が生えてるからと言って初めから話を聞いてくれなかった
オラたちも子供を育てなきゃいけないから、仕方なく食べ物や者を盗んでしまいました」
「そうか、その気持はよく分かる
僕も普通の人間なのに桃から生まれたと言うだけで白い目で見られて差別された」
と桃太郎が涙ながらに答えると
「僕もそうだ、少し人間の言葉がわかるからと仲間外れにされた」
と猿が言い
「僕も声が変だと笑われた」
と犬が言い
「僕もみんなより遠くに飛べるからって威張るなといじめられた」
とキジが言った
そして最後は
「色んな違いを認めてくれない人間とは離れた場所で鬼と桃太郎たちは一緒に幸せに暮らしましたとさ」
という斬新なエンディングとなった
子どもたちからは楽しかったという正直な拍手、親たちからは意外な展開に驚いた拍手が湧いた
特に大きな拍手が入口ドアの近くから鳴っていた
マコトくんのお父さんがそこには居た
手が赤くなるほど力いっぱい拍手している
涙こそ流してないが感動しているのをその目が物語っていた
カエルの子
お父さんに近づいて私は言った
「カエルの子はカエルって言いますけど
人間の子は親と同じではないと思うんですよね
育つ時代も環境も違うから同じにならないのは当たり前ですよね」
「それは分かっとります
あの子が普通の女の子と違うのは俺のせいかもしれんとも
しかしアニメの声優という世界はきっと厳しい世界と思うんです
だからマコトが成功できるとは思えんのです」
とお父さんは声を振り絞った
「わかります」
と私は同意した
「自分で言うのもなんですが私は一流の料理人ではありません
でもそんな私が作った料理を美味しいと言って食べてくれる人もいます
その人にとってはその料理を作ってくれる料理人は一流ではないけど『愛する』料理人なんです」
「声優も同じじゃないでしょうか?
有名な作品で主役ができるのは一握りの声優さんです
でも有名じゃない作品の主役じゃなくてもその声を『愛する』人がいれば、その声優は声優になった意味があるんじゃないでしょうか? 」
お父さんは何も答えず出て行った
年が明けて翌年の3月になって親子揃ってカフェを訪ねてきた
いつもの牛すじカレーを注文して
「今日でこのカレーを食べるのは最後かもしれません
実は4月からマコトが声優の専門学校に通うようになったので引っ越すことにしたんです
その準備で忙しくてご無沙汰してました」
とお父さんが説明してくれた
「ありがとうございます
去年のクリスマスからお父さんが声優に目指すのを許してくれて
あのイベントのおかげです」
とマコトくんが頭を下げた
「それじゃ会えなくなるね
元気で頑張って」
と私は涙が出そうなのを我慢して励ました
二人は牛すじカレーを完食して何度も頭を下げて出ていった
誰?
あれから十年、コロナ禍やインフレなど色々あったがなんとかカフェを続けてきた
毎週日曜日13時になるとあの親子がまたやってきそうな気がしたが実際は来ることはなかった
今年もまた冬が近づいてクリスマスメニューをどうしようかと悩んでいた時
テレビ局から撮影の依頼が来た
てっきりローカルバラエティー番組の飲食店紹介だと思いながら話を聞いていると全国放送の番組らしい
何でも有名人が思い出の味ということで紹介したいという趣旨
思い出の料理は「牛すじカレー」なので当日出せる用意をしてほしいとのこと
リアリティー感を出すためその有名人が誰かは当日まで秘密なのだそうだ
うちの店に誰か有名人が来たことがあったかと思い返したが思い当たる節はない
一週間掛けて店内を掃除し当日は変な客が来ないように友達や親戚を総動員してサクラ客で満席にした
いよいよ当日番組スタッフが先に来て打ち合わせや撮影準備をしてその後本人を乗せた大型バンが到着した
カメラマンと音声が店の中から本人の登場から映すようだ
私は厨房で牛すじカレーを作りながら待っている
チャリンチャリンとドアベルが鳴って
「私の思い出のお店はここです」
と聞き覚えのある特徴的な声が聞こえた
「ここの料理が絶品なんです
ずっと食べたかった思い出の味です
早く食べたいな」
という声を合図に私が牛すじカレーをテーブルに持って行った
「お久しぶりです
店長さん」
と声を掛けたのは最近TVでよく目にするのタレントだった
派手な衣装にショートカットの金髪がトレード・マークのこの人がうちの店に来たことがあっただろうか?
どんなに遡ってもその記憶がない
私の表情を敏感に感じたのだろうか
「お父さんと一緒に毎週日曜日のお昼にこのGSC、牛すじカレーを食べに来てました」
と助け舟のコメントしてくれた時
「あっ、あの時の!
マコトくん? 」
と記憶の顔と眼の前の顔が見事に重なった
見た目があまりにも違いすぎて想像もしなかったが
あのマコトくんが有名人になって帰ってきたのだ
夢見ていた声優ではなく、自分自身の経験をネタにして笑いを取るLGBT芸人として
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