これまでのお話はこちらから→「宇宙からのゾンビ(上巻)」
こども病院
どこに行く?
自問自答し横浜中華街など人通りが多い北は絶対だめだと思い、西に向かって進んだ
途中でゾンビらしきものに出くわしたときは車を止めて座席の下に隠れてやり過ごした
ノロノロと1時間掛けて10kmほど進んだところでモニターに
「充電量20%です、充電してください」
の文字が急に現れた
ちゃんと充電しとけよとあのチンピラを恨みながら、どうするかを考えた
よく見るとモニターに「近くのEV充電ステーション」が表示されている
こういうところは親切だ、さすが最先端
とイーロン・マスクに上から目線で礼を言い、その地点に向かうことにした
目的地の「神奈川県立こども医療センター」に到着すると昼間なのに人影が全く見えない
駐車場の一角にある充電ステーションに車を止めて充電プラグを差し込んだ
充電のモニターが作動しているのでこの辺りも電気が復旧したようだ
料金の支払いを求められたがカードキーと一緒にチンピラから頂いた財布のクレジットカードで上手くいった
充電が完了するまでの間車で待とうと座席に座った時、もう一つの問題がはっきりと出てきた
腹が減った
水は腹一杯飲んだがもう一日近く何も食べてない
気がついた途端腹がグーグー鳴り出した
この駐車場に入ってきた時、病院の一角に慣れ親しんだコンビニのマークが見えた
いつも仕事帰りに夕食を買うコンビニチェーンだ
あそこには俺の好きなカルビ丼や甘いロールケーキがある
店員さんが生き残っているかどうかはわからないが支払いはスマホでできる
無銭飲食はしないという妙な正義感だけは残っていた
そう判断したらもう我慢することはできなかった
このときになって初めて車の中をしらみつぶしに探した
あった、後部座席の足元マットが一部はがれていてそこに日本刀が巧妙に隠されていたのだ
あの時幹部がぶっ放していた拳銃はここから取り出したんだなと合点した
いつでも抜けるようにベルトに刀を差し込んだ
予想以上に重たいが毎日冷凍マグロを運んで鍛えた腕ならなんとか使える
試しに抜こうとしたら抜けない
錆びついているのかと思ったが何度か力任せに引っ張ると突然抜けた
あまりにも突然抜けたので反動で刀があらぬ方向に飛んで近くの木の枝を切り落とした
本物だ! 下手したら自分の指を切り落としたかも知れなかった
拾った刀をよく見るとさやに差し込む部分の金属が少し太くなっている
なるほど、それで誤って抜けるのを防いでいると思った
恐るべし日本の伝統
刀をさやに戻してコンビニに向かって注意深く進んだ
入口近くに来ると自動ドアが開閉を繰り返している
床を見るといつものコンビニの制服を着た外国人が血を流して倒れている
自動ドアがその死体を途中まで押しては開くを永遠と続けている
学生時代コンビニでバイトした経験で自動ドアの足元にスイッチが有るのを知っていた
ドアが開いたタイミングで足元のスイッチを切り中の様子をうかがいながら入っていった
中に入るとコンビニ特有の甘いいい匂いがする、懐かしい匂いだ
血の匂いがなければ
レジの奥に見える死体が動かないのを確認しながら進む
まっすぐに弁当がある場所に行き、即決でカルビ丼2つを手に取った
床に落ちていたかわいいミニオンのマイバッグにカルビ丼を入れ、
反対側のスイーツのコーナーのロールケーキも入れてレジに向かった
その時後ろからガシャンという物音がした
反射的に自動ドアに向かって走った
すると右の物陰から何かがぶつかってきた
その何かと俺はぶつかりながら自動ドアから外に飛び出した
「ウワー」と回転しながら俺は左に走り出した
すると後ろから「キャー」という叫び声と一緒に靴音が聞こえた
振り返ると何かが反対方向に走っていた
なにかおかしいと思い立ち止まった
相手も同じように立ち止まった
「人間か? 」と同時に叫んだ
振り返った相手は毛糸の帽子を被った子供だった
「ビックリさすなや、もお〜」とその子が発した声は女の子のものだった
「ビックリしたのはこっちだ」と言いながら少女の後ろに何かが動く気配を感じた
「後ろ、後ろ」と俺は叫んだ
少女の後ろに今にも噛みつこうとする大きな男が立っていた
振り返った少女は腰が抜けたようにしゃがみこんだ
おかげでゾンビの最初の攻撃は空を切った
足元の少女にゆっくり目を落としてゾンビが狙いを定めた時
俺はゾンビに体当りした
冷凍マグロよりずっと柔らかい手応えがあった
刀がゾンビの胸に深く突き刺さった
手を離すとスローモーションのようにゾンビが仰向けに倒れた
ドンッという容赦のない音が病院の無機質な壁に反響してこだまのように拡がった
少女の手をつかんで一目散に駐車場に向かった
駐車場のテスラまで走ってたどり着いた
充電プラグを外してドアを開けた
少女を先に乗せてドアを閉めた
二、三十体のゾンビがすぐ近くまで来ていたが先に車を走らせて逃げることができた
バックミラーでゾンビが小さくなるのを確認しながらスピードを上げた
何個も信号無視をして人影が見えないところで一旦車を止めた
充電量を見ると50%になっていた
「あんた、誰? 」の声にビックリした
少女がいるのを忘れていた
「そっちこそ誰だ? 」
「こども病院にいたんやで、患者に決まっとるやろ」
と少女は答えた
「このテスラはオトンの車や
あんた盗んだんか? 」
「お前、あのヤ...あの人の娘か?」
こんな偶然あるのかというほど驚いて次の言葉が出なかった
「そうや、ヤクザの娘や
あんた、組の者とちゃうやろ?
オトンがこの大事なテスラをサンジ以外に運転さすわけない」
少し間があって少女が小さな声で訊いた
「オトン、死んだんか? 」
俺は本当のことを話すかどうか迷ったが変な希望を与えても仕方ないと思い本当のことを話すことにした
俺は食品管理会社の社員で冷凍倉庫にいたこと、直接には見てないが父親は会社の中でゾンビに襲われて拳銃で応戦したが最終的にはやられたと伝えた
運転手のサンジも襲われて冷凍倉庫に逃げ込んだがそこで息絶えたこと、そしてカードキーを拝借してテスラでここまで逃げてきたことを話した
「自業自得やな」
と冷めた声で一言つぶやいた少女の視線は悲しそうだった
「この分やとオカンも死んだやろうな、連絡つかんし」
と続いた言葉に俺はハッとした
疫病神
「俺は地震が起こってから半日以上気を失って全然状況がわからないんだ
どういう状況か教えてくれ」
と言うと
「地震やない、隕石や」
と少女が答えた
それから少女が病室のテレビやネットで見た情報を思い出しながら教えてくれた
昨日の夕方東京湾の「第二海堡」あたりに隕石が落ちたこと
隕石が落ちた直後の衝撃波で関東のインフラが停止したこと
隕石落下地点から大量の水蒸気が巻き上がりドームのように東京23区、神奈川東部、千葉西部、埼玉南部が濃霧で覆い尽くされたこと
それから数時間経って霧が覆った地域の子供や老人が次々と死に始めたこと(少女がいたこども病院の患者も少女を残して全員死んだらしい)
そして最大の謎の現象が起こった、大人が凶暴化してゾンビのようになって人を襲い始めたこと
テレビで首相が緊急事態宣言をしている途中に警護をしていたと思われるSPがゾンビ化して襲われ絶命する様子が生放送されたこと
その後は徐々にあらゆる情報が発信されなくなり首都機能、政府・行政機関がストップしてしまったこと
すべての人間が死ぬか、ゾンビになってしまった
俺達を除いて
にわかには信じられない、しかしこれまでの体験がこの途方も無い話を信じるしかないと証明している
「霧はどうなった?
今は全然残ってないようだが」
「私の隔離室の外まで入り込んでいたけど朝になったら無くなった」
「そうか、俺達はその霧に触れなかったから無事なのかも知れない」
そこまで話し合った時、いい匂いがするのに気付いた
足元のマイバッグからカルビ丼の匂いがする
さっきゾンビから逃げる状況でも食料を確保したのは俺の生存本能が作動したのだろう
偉いぞ、俺と褒めてやりたかった
カルビ丼を取り出すとグーと腹が鳴った、隣の少女からも同じ音が聞こえた
早速食べようとフタを開けると箸がないことに気がついた
「どうする? 手づかみで食べるか? 」
「ちょっと待って」
と少女が言ってモニターを触るとダッシュボードが開いた
「サンジはケチやから、コンビニでもらって余った箸とかスプーンをここに貯め込んどんねん
ほらあった! 」
冷えたカルビ丼を一つずつ食べた
「食後のデザートもあるぞ、ロールケーキ」
「うちはプリンが良かったな」
「贅沢言うな」
と久し振りの会話が楽しかった
「しまった、飲み物を取り忘れたな」
「ジャジャーン、いちごオーレとメロンミルクがあるで」
と少女がポケットから取り出した
「俺はコーヒーが良かったな」
「贅沢言うな」
と切り返されて苦笑いした
食べ終わったゴミをマイバッグに入れて少女に渡すと
「これ邪魔やな」
と言って窓ガラスを開けて外に放った
静かな街に予想以上の音が響いた
「バカ、ゾンビは音に反応するんだよ! 」
俺が怒鳴ると
「あっ、ポリ公!」
と前方を指差した
右前方の角から警察官がこちらに向かって歩いてくる
右手が前方に突き出され拳銃を握っているのが見える
まさか拳銃撃つのか? と思った瞬間
フロントガラスに小さなヒビが入った
運転席の俺に当たっていた、防弾ガラスじゃなければ
急いでバックで発進したが何発か車体に弾が当たって跳ね返る音がした
特注のテスラに何度目かの感謝をしてその場を離れた
「もう音を立てるな! この疫病神が! 」
「うっさいわ、このボケ! 」
互いに罵りながらテスラを西に走らせた
続きはこちらから→「宇宙からのゾンビ(中の二巻)」
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