目覚め
スマホのアラームが鳴っている
う〜ん、朝か?
いや違う、俺は会社にいたはずだ
ゆっくりと意識が戻ってきた
もうそろそろ終業時間になろうとしていた頃、俺は出荷指示書最後の商品を搬出するためにNo.1倉庫に入っていた
目指す商品の段ボール箱は5段積み棚の一番奥にあった
段ボール箱をリフトで持ち上げた時、突如として激しい揺れを感じた
自分を残して周りがスライドするようなこれまで経験したことがない揺れだった
次々に棚の商品が崩れ落ちるというよりは一瞬で同じ方向に飛んでいった
ゴンゴンという商品が当たる音に怯えながら俺はリフトのハンドルを掴んで振り落とされないようにするのが精一杯だった
しかしリフトも振り子のように揺れた後ゆっくりと左を下に倒れ始めた
ハンドルを掴んだまま倒れたほうが安全だと講習で習った記憶が甦りそのまま倒れた
すごい衝撃だったが下敷きにならずに済んだ
脱出しようと体を起こした時、バリバリという音と一緒に商品の棚全体がこちらに向かって倒れてくるのが見えた
とっさにリフトの運転席で身を固めた
それが最後の記憶だった
フゥと吐いた息が白かった
そうか、俺は冷凍倉庫の中にいるんだった
俺は海外から輸入される食品(主に海産物)の保管をする会社に勤めている
といっても非正規雇用2年目の28歳だが
今日最後の商品を取り出すために巨大冷凍倉庫にリフトに乗って入った
それが終われば一人身の俺はコンビニで夕食を買って帰るはずだった
そんな事をぼんやりと考えていた俺をアラームが現実に戻してくれた
手足は動く、少し頭が痛いような気がするがヘルメットの上からでは状態がよくわからない
防寒服のファスナーを少し下げて制服の胸ポケットを探ると
あった、スマホのアラームがまだ鳴っていた
スマホを見ると起床時間の6:30、アラームを止めて画面を開いた
「地震か?
そうだ、首都直下地震に違いない」
スマホの仄白い灯りが暖かく感じた
まずいつもチェックしている「スマートニュース」を開いた
トップ画面に
「首都機能喪失! 」
の文字が現れた
やっぱり「首都直下地震」と確信したがそれより下のニュースの見出しが変だった
「ゾンビ? 」
「首相死亡、ゾンビに襲われる」
「謎の感染症急拡大」
今日はエイプリルフールじゃないぞ、訳が分からないと思った
記事を読むのをストップして「首都直下地震」と思い直しこれからどうするかを考えた
あらゆる場所が被災して助けを求めてもすぐに救援が来るのは期待できない
会社の人が救出に来るかも知れないと思ったが、呼びかけや動く気配が全く感じられない
だったら自分で脱出するしかない
そう思って身体を覆った商品の段ボール箱を押してみたがびくともしない
段ボール箱一個の重さは10kg程度だが一つの棚では5トンくらいになる
潰されなかったのが不思議なくらいだ
あきらめずに手足を使って四方八方押すと運転席の背中側に手応えがあった
段ボール箱の一つが動いた
リフト前面の棚が倒れてきたので後ろ側に空間ができたのだ
思いっきりその段ボール箱を蹴ると上の段ボール箱が一気に崩れた
全身の力を使って段ボール箱を押しのけやっと商品の山から出ることが出来た
地震が起きて冷凍倉庫に閉じ込められてから12時間以上経っているのによく生きていられたなと思う
入社時の研修で何度も何度も言われたあの言葉のおかげだ
「冷凍庫を甘く見るな!
冷凍倉庫に入るときは面倒臭くても絶対に防寒服や防寒装備を怠るな!
ちょっとの間と思って中で倒れた人が何人もいるからな! 」
今回もきちんと南極探検隊のような防寒服と防寒手袋、マスクをしていた
そのおかげで気を失っても体温が保てたのだろう
また商品が覆いかぶさって雪洞のような保温効果があったのかも知れない
いずれにしても幸運としか言いようがない
特注テスラ
非常灯の明かりを頼りに出口に向かった
やはり停電が発生しているようだ
停電になっても自動的に自家発電装置が作動し、冷凍機能は1日は持つと聞いたことがある
商品が解凍してしまったら莫大な損失になる
今回はその備えが役に立ったわけだ
崩れた商品の上を足元を確認しながら進んで出口が見えた時
突然扉が開いた
「ギャー」という悲鳴とともに男が倒れ込んできた
あまりの声の恐ろしさに反射的にしゃがみ込むと
その男の後ろから何かが覆いかぶさった
その何かは男に何度も噛みついて首元を引き裂いている
男はすでに死んでいるらしく何の抵抗もしない
その何かは茶髪の女性
顔は影になって全く見えない、しかし服は会社の制服だった
うちの会社で茶髪の女性社員は、いつも明るく挨拶してくれる中年のおばさんしかいない
俺にも「ちゃんと朝ご飯食べてる」と声を掛けてくれる優しい人だ
その人が今のなにかなのか?
俺の頭の中はパニックになった
頭の中で「ナニ、ナニ、ナニ」が連続している時
外からパン、パンという音と
「このボケ、いてまうぞ! 」
という怒声が聞こえた
たぶんパン、パンという音は銃声だろう
そしてあの声はうちの会社を牛耳っていると噂の暴力団の幹部のものだろう
それから何発かの銃声の後、「ウワー」という絶叫が冷凍倉庫の中まで届いた
その後10分、20分と待っても物音がしない
これはなにかとんでもないことが起きている
地震後の暴動とかではなく、別の何かが起きていると脳が警鐘を鳴らしている
経験したことがない恐怖心と正体を知りたいという好奇心が恐ろしく高い次元でせめぎ合っている
そしてもう一つは喉の渇きが限界に近づいている
昨日から半日以上、湿度が極端に低い冷凍倉庫の中にいたので生存本能が水分を欲している
慎重に出口に向かいながら何かないかと探していると床に床においてある冷凍マグロなどを引っ掛けて運ぶ道具の手鉤(てかぎ)が落ちていた
鋭い爪が付いているので何も無いよりはましと思い手鉤を持って進んだ
出口に倒れ込んだ男の周りは血が溢れていたがすでに固まり始めている
男の顔が見ると何度か見たことがある暴力団幹部の運転手だった
社員に対して横柄な態度を取る若いやつだったが今は恐怖の顔で固まっている
開いたままの扉から少しずつ外の様子を伺う
ホラー映画なら必ず何かが飛び出してきてビックリさせられるシーンだ
全神経を集中してそんな事にならないように物音や気配を探る
自分の心臓の音しか聞こえない
運転手の死体を股越していつでも身体を引っ込められるような体勢で扉から外を見た
正面にテスラが見える
暴力団幹部の車だ、確か防弾ガラスとドアを何cmも厚くした特注だと大声で自慢していたのを聞いたことがある
鳥の翼のように開いたガルウィングドアの前に暴力団幹部が拳銃を持ったまま血を流して倒れている
きっと死んでいるだろう
そしてその周りに何人かの男女の死体がある
見た目ではわからないがきっと拳銃で撃たれたのだろう
暴力団幹部の足元にあの茶髪の女性社員の死体もあった
しかしその死体は異様だった
血まみれでまるで獣のような凶暴な顔つきなのだ
明らかに理性がある人間の顔ではない
「まるでゾンビみたいだ」
そう思った時さっきの「スマートニュース」の記事が蘇った
このことだったのか?
今記事を見直す暇はない
ともかく安全を確認して水分補給をする必要がある
頭をフル回転して水が手に入る場所を検索する
自販機で飲み物を買うのを考えたが財布は事務所のロッカーの中
事務所にはさっきのゾンビが隠れている可能性が高い
自販機の下を探ったら小銭が落ちている可能性があるが、ペットボトルが落ちてきた時の音が響くのが怖い
その時はっと思い出した
倉庫の裏に手や服に付いた汚れを洗い流す水道があった
あそこなら事務所に行くより最短距離で人目につかずたどり着ける
意を決して扉から出て左右を確認した
遠目に事務所を見たが動いているものは見えなかった
早く水を飲みたかったが倉庫の最初の角まで時間を掛け慎重に進んだ
角から顔を出して素早く引っ込める
何もいない
確認して一気に次の角まで音を立てないように走った
また顔を出して左右を確認したが誰もいなかった
急いで水道の蛇口をひねり水を飲んだ
自分でもよく飲めるなと思うほど腹一杯になるまで飲んだ
フウッと息をついて顔を洗った
とても気持ちよくって生き返る感じがした
何度も手を上下して顔を洗っていた時
右肩に突然痛みを感じた
同時に首筋を何者かに抑え込まれた
しまった! 水を飲むことに夢中になって背後に意識が行ってなかった
後ろからとてつもない力で引っ張られる
仰向けに倒れるとなおも何者かが引っ張り続けた
来ていた防寒服が何者かに引っ張られて少しずつ脱げていく
分厚い防寒服がゾンビの歯から守ってくれて肉を噛み切られずに済んだ
しかし地面においた手鉤に手が届かない
とっさに判断してバンザイの体勢で自分から防寒服から抜け出した
振り返るとゾンビが首を左右に振り防寒服を噛みちぎろうとしているのが見えた
全速力で走って倉庫の角を曲がって逃げた
倉庫の正面まで来た時後ろを振り返ったら、先程のゾンビがちょうど角を曲がってこっちに向かってくるところだった
動きが遅くこっちを見ても認識してないように見えた
しかしいずれこっちに来る
どこか安全な場所はないかと見回すと
テスラが目に入った
そうだ! 防弾ガラスの特注のテスラ
ドアを閉めればゾンビも手出しできないはずだ
テスラまで20メートル、急ぎながらも音を立てないよう乗り込んでガルウィングドアを静かに閉めた
ちょうどその時ゾンビが最後の角から出てきて左右を見回していた
「キーが見つかりません、お忘れではないですか? 」
テスラのセンサーがドアが閉まったのを感知して誇らしげにアナウンスした
「バカヤロウ! 何でこんなときに!? 」と心のなかで悪態をつきながら運転席と後部座席の間に身を潜めた
さっきドアを閉めた時ヤクザの車らしく車内が見えないように窓ガラスに濃いめのスモークが入っているのは気付いた
頼む、見つけないでくれと祈りながら待つ時間がどれだけ長かったことか
ドアや窓ガラスを何かが引っ掻いている音が聞こえる
やはり見つかった
防弾ガラスの性能を信じるしかないと身体を縮こまっていると
外から大音量が流れてきた
「ラジオ体操第一〜」
会社で始業時に社員がやるラジオ体操が自動再生されたのだ
すると引っ掻いている音が止まり、ゆっくり何かが離れていく音がした
そうか、音に導かれたんだ
ゾンビは音に反応することが分かった
恐る恐る頭を上げて外の様子を見るとゾンビが事務所に向かっている
一体だけではない、少なくとも十数体はいる
事務所の自動ドアが開いてゾンビを招き入れている、電気が復旧したようだ
一匹でも怖いのにこんなにいたらいつかやられる
そう思うと脱出方法が思いついた
このテスラで逃げよう、電気自動車だからかなり静かだ
ゾンビに気づかれる危険性は低いだろう
しかしキーがない
さっきテスラが「キーが見つかりません」と言ったのだから、車内にはない
どこにあるのか?
そうか、あの若いチンピラ
あいつが運転手だから持っているに違いない
ゾンビが近くにいないのを確認してテスラを静かに出た
いつでも逃げ込めるようにドアは開けておいた
No.1倉庫の入口に着いてチンピラの身体を探る
どのポケットを触ってもキーらしきものがない
何度目かにズボンの右ポケットに手を入れた時奥の方に何かがぶつかった
取り出すとクレジットカードのようなものだったが、その表面には
「TESLA」の洒落た文字が
キーじゃなくなくてカードかよと思いながら、急いでテスラに戻ってドアを閉めた
今度は何も言わずモニターが明るくなった
あらためて運転席を見るとエンジンを掛けるスイッチがない
助手席との間にちょうどカードを置くような場所がある
なるほどここにカードキーを置くんだなと理解した
モニターが変わってドライブモードになったようだ
事務所に群がっているゾンビに見つからないように身体を低くしながらゆっくりと
アクセルを踏んで外に向かった
続きはこちら→「宇宙からのゾンビ 中巻の一」
コメント