韓国沼にハマったら...

ショートショート

私って韓国ジャンキー?

「また韓国ドラマ観てんの?」

夫が呆れた声で言う

「そっちだっていっつもゴルフばっかり観てるやん」

そう私が言い返すと

「俺は決まった時間しか観てないし、無料のYouTubeやもんね」

と言い返される

たしかに私はNetflixを契約して、韓国ドラマを片っ端から観ている

起きてから寝るまでスマホやPCで何かしらのドラマを観ている

もちろん家事もちゃんとやっているので、そこで引け目は感じないが長い時間観ているので肩こりがずっと治らないのは自分でも良くないかもと思っている

「そんだけ観たら韓国語覚えたんじゃない?」

と夫が言う

私は内心舌を出し、内緒で韓国語の本やDVDを買って勉強しているので結構聞き取れるようになってますよ〜と思いながら、

「韓国に旅行して試してみたいな」

と冗談のように言った

「うちにはそんな金も暇もないよ」

と夫が真顔で答えた

スタバでまったりの日々

近所のスタバでラテを飲みながら、まったり韓国語(ハングル)を勉強するのが平日のルーティン

ハングルの勉強と言いながら、実際はタブレットで韓国ドラマや映画を観てセリフとハングルの字幕を何度も聞き直して覚えている

周りから見るとただの映画鑑賞だが、私はいつかこれで喋れるようのなると信じて何年も続けている勉強だ

最近は聞き取りにくいセリフや癖のある俳優の喋り方は、スマホの翻訳アプリで何度も確認できるので格段に効果が上がっていると思っている

ラテを飲みながら新しいドラマの1話を観ていると主人公の俳優(私が大好きな中年の魅力あふれる男性)のセリフがなんだか二重に聞こえる

「ノイズかな? 」と思ったが続けて聞いているとイヤホンの外から韓国語が聞こえた

エッ! と周りを見回すと一人の男性が微笑みながら私を見つめている

「韓国で流行語になったセリフですね、彼のことが好きなんですか? 」

その男性が話しかけてきた

余りの突然のことで私がポカンとしていると

「すみません、突然話しかけて

そのドラマを韓国で観てハマっていたので」

彼は恥ずかしそうに謝った

その男性は年齢40代後半、身長は170センチ台の半ば位少しがっしりした体型で日焼けした肌にポロシャツが似合っていた

「아뇨하세요(アニョハセヨ)」

と言われて、私も反射的に

「아뇨하세요(アニョハセヨ)」

と返した

すると彼はびっくりした顔で

「韓国の人ですか? 」

私は微笑みながら

「いえ、日本人です」

と返すと

「完璧な発音ですね、相当勉強しましたね」

彼は日本人よりちょっとオーバーなジェスチャーを取りながら、私の斜め向かいの椅子に座った

観ていたドラマをきっかけに自然に私が韓国映画・ドラマにハマってハングルを勉強したことや好きな作品や俳優の話をした

彼も親の仕事の関係で子供の頃は日本にいたこと、大学で日本語を勉強したことや今流行りの韓国料理や観光スポットなどを教えてくれたりして、ラテのおかわりをしても話が尽きなかった

特に彼が話の中で地名や俳優の名前を言うときの発音を聞いて、「これがネイティブの発音か」と少し興奮を覚えた

憧れの地へ

一週間に一度のペースでスタバで彼と会うようになり、お互いの生い立ちなどプライベートなことも知り二人の距離は縮まった

彼はなんと韓国の財閥Samsungの社員でエリートコースではないけど、好きな日本支社の日本語担当マネージャーをしていて、福岡に新たな拠点を作るため今は駐在しているらしい

プライベートではバツイチで今は独身を謳歌していると明るい顔で話してくれた

私は若い頃はOLとして働いたことがあるが今は平凡な主婦で韓国映画・ドラマ以外に趣味がないと言うと

「キレイだし、ハングルの勉強もすごく頑張ってるじゃないですか

すごく素敵ですよ」

と韓国ドラマで聞く歯の浮くようなセリフ

「今度イタリアンレストランに食事に行きませんか? 」

彼はグルメで福岡の情報も地元の私以上に詳しい

一瞬夫のことが脳裏をよぎったが、夫とは何年も外食してないのでたまには良いだろうと思い約束をした

自分なりにお洒落をして約束のお店に行くと彼は玄関前でひと目見て高そうなスーツを着て待っていた

正直これまで韓国のスターを観てきた私の基準では三枚目にしか見えなかった彼が今は二枚目半に見えてきた

久し振りのイタリアンはこんなに美味しかったのかと思うほどの料理でお店の雰囲気も相まって二人はワインを飲みながら、自然と韓国の話になった

「今度釜山に行きませんか? 」

と彼が言った

「見せたい観光地もあるし、食べてもらいたい料理もある

そして何よりハングルを実践で使ってみるのが一番の上達につながると思うんですけど」

色んな思いが私の心の中を渦巻いた

どれだけの時間が経ったかわからないが私はゆっくりと

「行きます」

と答えた

釜山は韓国映画の聖地でもあり、憧れの地だ

行かない選択肢はなかった

新婚旅行以来行く当てがなかったがパスポートだけはずっと更新続けていたのが無駄にならなかった

あとは日程を調整し、福岡と釜山往復の高速船そしてホテルの予約は彼にお願いした

そこから出発予定日までの一ヶ月は忙しかった

夫には同級生と行くと話したら、関心がないのかあっさり了承した

嫌味も言われずにゴルフに行けると思って内心ありがたいのだろう

美容院の予約と着ていく服をネットで購入、へそくりが消える

「一ヶ月ダイエット」をYouTubeで観まくって実践、十年振りの筋肉痛

忙しくも充実した一ヶ月が過ぎ、私は博多港国際ターミナルにスーツケースを持って到着した

彼はサングラスを掛けてまるで韓国スター気取りでロビーで待っていた

船会社のカウンターでチケットを受け取り、事前に入国カードの書いたりと彼が教えてくれた通りやってスムーズに進み、乗船した

釜山にて

9時に博多港を出発して12時40分に釜山港に到着した

私の「憧れの地」だ

私が空気を胸一杯に吸って感動しているのを彼が楽しそうに見ていた

港から二人でタクシーに乗った

彼が運転手に伝えたのは、どうやらお店の名前らしいが聞いたことがない名前だった

タクシーに乗って15分で着いたところは繁華街

降りた途端に美味しい匂いが漂ってきた

「まず最初に食べてほしいのはこの店の돼지국밥(テジクッパ)」

入ったお店は、西面(ソミョン)テジクッパ通りにある「松亭3代クッパ」

豚肉を煮込んだ豚骨スープに、茹で肉とご飯を入れた郷土料理の豚肉スープご飯が人気のメニューだ

食べてみたかったこの料理を本場韓国で最初に食べられるとは、彼のセンスは夫とは段違いだ

豚肉はとろけるほど柔らかで、スープは濃厚だけどしつこくない

店の雰囲気はまるで自分が地元民になったかのような庶民的だ

店員さんに

「맛있어요(マシッソヨ=美味しいです)」

と言ったら、

「고맙습니다(コマッスムニダ=ありがとうございます)」

と返してもらえた

昼食を終えてまたタクシーに乗って海雲台に向かった

海雲台は韓国内でも有名なビーチが広がる観光スポットだ

ビーチが見えるカフェでコーヒーを飲んで、周りをキョロキョロしていると彼が

「そろそろ耳が慣れてきたんじゃない? 」と聞いてきた

確かに店員さんやお客さんが話している言葉が聞き取れる

もちろん全てではないが言っている内容がわかるのはこれまでの勉強が無駄になってないと思わせてくれて高揚した

コーヒーを飲んだ後、彼が海雲台ブルーラインパークに乗ってみたいと言い出した

2020年にできたばかりで彼もまだ乗ったことがないと言う

情報誌に載っているのを見たが4人乗りの小さなトロッコ列車のような乗り物だ

行列に並ぶと前後はカップルばかり、どのカップルも普通だったらこちらが恥ずかしくなるようなイチャイチャぶりだが韓国ドラマを見慣れた私は

「ドラマと同じようにイチャイチャするんだ」

とガン見した

「夕食は、ローカル店だけど美味しい삼겹살(サムギョプサル)で良い? 」

「うれしい、本場の삼겹살(サムギョプサル)楽しみ! 」

また西面(ソミョン)に戻って「マッチャンドゥル王ソグムクイ」というお店に入った

入る前から煙が漏れているんじゃないかと思うほど満席で賑わっていた

甘い焼肉の匂いとガヤガヤという音を聞きながら、まずはビールで乾杯

韓国のビールはアルコール度数が低いと聞いていたが、確かに少し軽めで私には飲みやすい

待ちに待ったサムギョプサルはお肉自体の脂が甘くて美味しい

さらに自家製のタレが美味しさを倍増

そしてさらにお肉を巻いて食べる「えごまの葉」が全ての味をさっぱり整えて何切れでも食べられる

ふたりとも少し酔って満腹になってホテルにチェックインすることにした

部屋空いてます?

ホテルは次の日の移動を考えて釜山駅の近くに予約したらしい

タクシーがエントランスに入ると見えてきたのは、私が今まで泊まったことがないような豪華なホテル

さっきまでの酔いが一瞬で冷めた

運転手さんがスーツケースを下ろしてくれて、玄関の自動ドアが開いた

一流ホテル特有の外より少し暗いホールをカウンターの方へ歩いていくと彼が突然立ち止まった

彼の体が硬直しているのが後ろから分かった

後ろから覗き込むと一人の女性が彼に向かってまっすぐに歩いてくる

年齢は30代後半から40代前半で地味なスーツを着ている

しかし何よりもその表情が周りに存在感を与えている

怒りで目が吊り上がっているのだ

彼女が彼に怒鳴った

あまりの声量にホールにいた全員が彼女を見た

私はびっくりして彼女が何を怒鳴ったか聞き取れなかった

だけど何に怒っているかは明確に分かった

彼女は彼のパートナーなのだ

彼が必死に何か言っているが早口で聞き取れない

彼の言い訳を遮って、彼女がゆっくりと彼に言った言葉は聞き取れた

「私はSamsungのエンジニアよ

iphoneに変えてGPSで居場所がバレないと思ったでしょうが

クレジットカードの利用履歴を見れば、あなたの行動はバレバレよ

このホテルの宿泊予約もキャンセルしておいたから」

彼はさらに言い訳をしているようで彼女が少し落ち着いたところで私に振り向いてこう言った

「本当にごめんなさい

僕はこれから彼女と一緒にソウルに行きます」

その顔は死刑判決を受けた犯罪者のようだった

彼女は私に冷たい一瞥をくれたが、ハングルがわからないと思ったのか何も言わずに彼を引き連れてホテルを出て行った

私は深呼吸して恥ずかしさを収め、ホテルのカウンターに向かった

「빈 방 있어요?(ピン バン イッソヨ?=空室はありますか?)」

「하루에 얼마예요?(ハルエ オルマエヨ?=1泊いくらですか?)」

ルームキーを渡しながら、ホテルのスタッフが笑顔で言ってくれた

「ハングルお上手ですね」

この言葉だけで私は釜山に来た甲斐があった

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