埋葬
夫が畑の片隅に深さ80センチの穴を掘った
大好きだった毛布に包んで静かに穴の底に置いた
脚の方から少しずつ土を掛けていく
「やめて」と言いたかったが、思い直した
ジャックが今朝死んだ
19歳だった、犬にしては長生きだと思うけどそれでももっと長生きしてほしかった
顔の部分まで土を掛けてその後は二人で優しく土を乗せた
盛り上がった土の分だけジャックの体の大きさだったと思うと本当に小さかったと思う
やんちゃ坊主
ジャックが我が家に来たのは私達が結婚した直後だった
知り合いのブリーダーさんから1匹だけ残った子犬がいるけど飼わないかと言われた
会ってみるとあまりの可愛さに「飼う」と即答してしまった
夫はペットという生き物を飼う以上最後まで面倒を見ることを条件に賛成してくれた
体が小さいことと関節が弱いかもしれないという獣医の診断で引き取り手が見つからなかったらしい
ジャックは豆柴とシュナウザーのミックス犬で名前の由来は?と聞かれたら二人ともマンガの「ブラックジャック」が好きだから答えるが、本当は誕生日が21日なのででカジノゲームのブラックジャックで最強の手札と同じだから
引き取ってすぐ環境に慣れ食欲も旺盛で散歩も大好きだった
トイレの場所はなかなか覚えてくれなかったが、風呂場と脱衣場にトイレ用のシートを置くことでなんとかその場所でできるようになった
しかし困ったのはティッシュペーパーやヘアピンが異常に好きでテーブルの上に置いたティッシュペーパーを椅子を使ってよじ登り食べてしまうことがよくあった
そのたびに夫は右手におやつ、左手でティッシュペーパーやヘアピンを取り上げる交渉をすることになった
元々はどちらも賢い部類の犬種のミックスなので「待て」と「おすわり」は半日ほど教えたら覚えることが出来た
その他のしつけが覚えられなかったのはきっと飼い主の根気強さがなかったためだろう
ただ飼い始めて二人とも仕事が忙しく夜遅くまでジャックを一人ぼっちにすることが多かった
その所為かジャックは皆が一緒にいるときは落ち着いているが誰かが出かけようとすると吠えて出ていく人の足を噛んだり大騒ぎするようになった
いわゆる分離不安症で年を取るまで治らなかった
また雷が鳴ると発狂したように吠えまわり一晩中吠えてご近所に迷惑をかけたこともあった
ある時は外出中に雷と大雨が降り、またジャックは吠えまわっているだろうなと思いながら家の近くまで車で来ると道路工事の交通整理のおじさんの足元にびしょ濡れの犬がまとわりついているのが見えた
どこの犬だろうと近づいていくとその姿はシャワーを浴びたときのジャックとそっくり、急いで車を止めて名前を呼ぶと車の周りを駆け回るジャック
おじさんに聞くと30分くらい前から近づいてきたので見てくれていたとのこと、「ありがとうございます」と何度もお辞儀をしてびしょ濡れのジャックを抱きかかえて車に入れて連れて帰った
天才?
しつけはあまり覚えなかったが人間の言葉はすごく理解していた
特に「おやつ」や「テレビ」といった言葉が二人の会話に出てくると間違いなく目を合わせて催促してくる
おやつを買って二人でこっそり食べようとしているとさっきまで寝ていたジャックがいつの間にか起きてきて
「何二人だけ美味しいものたべんてんだ!」
という顔で見てくるので「なんで食い物のときだけ起きてくる?」といつも二人で顔を見合わせた
子犬の頃からNHK教育テレビの幼児番組にハマって老犬になるまで十数年もずっと見ていた
元気なお兄さんお姉さんが子供に簡単な文字や数字を見せながら読み聞かせる番組
子どもの動きが好きなのかじっとテレビを見つめて、たまに首を傾げて吠えたりした
すると夫が「ちゃうちゃう、ワンじゃなくて3でっせ」と漫才みたいなツッコミを入れた
どうも完全に自分の興味がある単語は理解している態度
もしかしたらほとんどの言葉は理解できている天才犬かも?
わざと食べ物以外の言葉には反応しないのかもしれない
自分の興味があること以外はストレスになるだけと思っているのだろうか?
そんな食欲旺盛で病気らしい病気もしなかったジャックも1年ほど前から食欲が落ちた
ドッグフードを残してトッピングの肉だけを食べることが多くなった
そして食事や散歩以外の時間は寝ることも多くなった
ちょっと前までは二人が出かけるときは、あれだけ大騒ぎしていたのに最近は寝たまま起きてこないことが多い
起きていても「どうせ帰ってくるだろ」と無関心になってきた
「最近足腰が弱ってきたね」
「全然食べなくなったな」
と話していた矢先
何の前触れもなく、今朝ベッドの上でジャックは息をしなくなっていた
大好物
私達はジャックがいなくなったことを受け入れられないまま数日が経った
しかしジャックの食事皿や移動用のクレートを目につく所に置いたままだと悲しみが増すばかりだと思い片付けることにした
一つ一つを綺麗に掃除してとりあえず押し入れに入れることに
テーブルの下に置いた犬用ソファーはジャックのお気に入りの場所だった
ジャックの姿が見えない時はこのソファーを覗くと大体ここに座ってくつろいでいた
夫がテーブルの下に潜り込んでソファーを持ち上げた
ソファーの下にはごみが溜まっていた
よく見るとその中には私のヘアピンが多くあった
「ジャックはヘアピンが好きでよく噛んでおもちゃにしとったね」
犬の習性で好きなものを他に人(犬)に見つからないように隠しておいて忘れたのだと思う
「ヘアピンが良く失くなったはずだな」
と夫が手を伸ばした時
ハッと気が付いた
「ウソ!?」
「どうした?」
私は声が出せずに手招きした
夫がこちら側に来て固まった
そして二人で抱き合って涙が止まらなかった
幾つかの種類のヘアピンが並んでいた

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