ワールドランキング

ショートショート

グリーン上

今年も猛暑だ

夕方4時になるのに気温は35度もある

ゴルフ場のグリーンという場所は、直射日光を避けるところがない

さらに芝の照り返しで38度は超えているだろう

カップまで4メートルの所に2打目のボールが来てくれた

あいつのボールは50センチ離れた4メートル50センチくらいだ

あいつが先にファーストパットを打った

ボールはカップの手前1メートル位から左から右に切れていって残り50センチ位に止まった

「お先に」と言ってあいつがパーパットを打ってカップに入れた

ライバル

あいつはいつもこういうゴルフをする

ファーストパットを入れてのバーディーはないが、確実にパーパットを入れてパーかボギーを取ってくるのだ

ゴルフだけではない仕事もそうだ

同じ会社の同期入社であいつは営業、俺は購買に配属された

ふたりとも今は定年退職したが、あいつは俺より少し早く営業部長になり、俺は少し遅れて購買部長になった

営業は会社の生命線だから派手な言動をする人が多いがあいつは違った

地道で計画的な営業活動をし、大勝ちはしないが確実な売上で取引先や上司との信頼関係を築いてきた

一方俺はどちらかと言うとどこよりも安く仕入れて会社に大きな儲けで貢献しようと考える傾向があった

それで成功したこともあったが冷静に数えると手柄と言えるのは定年までに数回しかないような気がする

数回の大きな儲けは出したが、同じかそれ以上のリスクを犯したこともある

安い商品を大量に仕入れたが売れ残り、年度末に3ヶ月分以上の在庫が残ってしまったのだ

そんな時営業のあいつが取引先に頼み込んで売り捌いてくれたこともあった

そんな俺達はゴルフも同時期に始めた

最初は俺のほうが飛距離も出てスコアが良かった

しかしやはり営業は接待の関係でプレイする回数が多い

徐々にあいつの方が安定して良いスコアを出すようになり、俺のスコアは停滞という状況になってしまい、定年退職後もその関係のままだ

今はあいつのスコアが平均90、俺が100だ

10打も差が付いている原因は分かっているつもりだ

そう、グリーン上のパッティングなのだ

あいつはボールがグリーンに乗ったら、必ずと言っていいほど2打でカップインする

2打目でグリーンに乗ったらパー、3打目だったらボギーというスコアにまとめてくる

一方俺はボールがグリーンに乗ったのにそこからバーディーを狙ってファーストパットを大オーバーさせ、返しのパットも決めきれずパッティングだけで3打も要することになる

18ホールあるので単純に計算するとパッティングだけで(3打−2打)✕18ホール=18打の差がつくのだ

実際にはお互いに1打でカップに入ったり、3打掛かったりするので10打位の差に落ち着くのだがこの差がそのまま二人のスコアの差になってしまって縮まらないのだ

ワールドランキング?

カップまで4メートルのファーストパット、入ればバーディーで久々にあいつに勝てる

今日はあまりの暑さであいつもスコアが良くなかった

先に打ったあいつのパットで左から右に曲がる「スライスライン」ということははっきり分かった

カップの10センチ左を狙ってボールを打つ

「あっ、強すぎる」

いつものバーディーを狙ったせいだ

カップを通り過ぎて1メートルの所に止まった

今度は右から左に曲がる「フックライン」なのは確かだが、また強く打ちすぎて外したくない、入れば引き分け、外せばまた負ける

そんな想いが頭の中で渦巻きながら構えるとだんだん息苦しくなってきた

白いボールだったはずなのに「なんだか灰色になってきたな」

「このパットを入れるとワールドランキング27,303,588位になります、外すと27,601,314位です」

ズボンの尻ポケットに入れたスマホが突然喋りだした

「何だ!突然?」

「私はゴルフ専用アプリ『ワールドランキング』のAIコンシェルジュです

この度はご利用ありがとうございます、AIによるアドバイスをご提供します」

そうだった、数日前AIがゴルフ上達のアドバイスをしてくれるというスマホアプリを見つけてダウンロードしたのだった

それが今起動したのか?

「当アプリは登録者数3000万人の世界トップシェアを誇っておりますのでほとんどのゴルファーにご利用いただいております

現在プレイ中の世界中のゴルファーのスコアをリアルタイムに反映しワールドランキング(世界順位)を提供できます

さらにVR(仮想現実)を利用して世界中のゴルファーのプレイを見ることが出来ます」

「じゃあ、俺のプレイも」

「はい、こちらです」

すぐ近くに1メートルのパットを打とうとしているアバターが浮かび上がった

「それじゃ、あいつは?」

「あの方は16,230,484位なのでかなり遠いですがあちらに見えます」

かなり上の方にあいつがパーパットを打った姿が見えた

そしてそれ以外にも沢山の人がプレイしている

「動いている人は世界で今ゴルフをプレイしている人です、日本の他に時差が少ないオーストラリアとかニュージーランドのゴルファーが多いですね」

「じゃ、動いていない人は?」

「アメリカとかヨーロッパなど夜でプレイしていないところのゴルファーは動きません」

「分かった、アドバイスをくれ」

「お客様はいつも最高の結果を得ようと意識するあまりリスクを犯し、スコアを悪くするという代償を払っています」

「冷静に痛いところを突いてくるね」

「これまで17ホールのプレイを基にしたAI分析によるとこのパーパットが入る予測確率は19%です」

「待て待て、俺は1メートルのパットは自信がある

最近は練習もかなりやって8割方は入るようになっている」

「それは平らで真っ直ぐの練習マットでの確率ではありませんか?

このパーパットは3度の下り勾配で右から左に曲がるフックラインです

6番ホールの同じような状況で強気に打ってカップを2メートルオーバーしています

その後ボギーパットも外してダブルボギーになっています

その確率を67%と予測します」

「お客様のスコアがずっと停滞して良くならないのは、ミスから学び改善を実行しないからです

アプリ登録時に記入していただいたゴルフ歴の欄で『会社員時代にゴルフを始めたとありました』ので分かりやすい例で申しますと、PDCAがきちんと回っていません」

確かに俺は会社員時代PDCAが苦手でPlan(計画)をきちんと立てずにDo(実行)し、Check(チェック)もしなかった

当然Action(改善)も行き当たりばったりで成績に波があると上司に評価されていた

「今回のパーパットへの提案は、カップの30センチ手前に止めてください」

「えっ、狙わないのか?」

「そうです、入る確率19%のパーパットを入れに行くより確率67%のダブルボギーを防ぐためにカップの手前30センチに止めます

残り30センチなら90%以上で入ってボギーになります」

「しかし、入ればパーで上がれるのにそのチャンスを捨てるのか?」

「ボギーならワールドランキングはほぼ現状維持ですが、ダブルボギーになると30万ほど下がります

どちらがよろしいですか?」

「分かった、ボギー狙いで行く

しかし息苦しいな、喉もカラカラだ」

「深呼吸してください」

残り1メートルのパッティングの構えに入りパターをそっと振り上げた

眼の前が真っ暗になり、音も聞こえなくなった

もしかしてこれがゾーンに入るということか?

高評価?

「おい、気が付いたか?

どうだ気分は?」

あいつの声がした

なんだか体中が冷たい

「寒いし、皮膚が痛い」

「そうだろうな、熱中症の治療で体中にアイスパックを当てられているからな」

「熱中症?」

「そうだ、18番ホールのグリーンで倒れて救急車でこの病院まで搬送されたんだ

一時は意識がなくて危険な状態だったんだぞ」

そうか、15番ホールでスポーツドリンクを飲み干して少し頭痛もしていたけど大丈夫と思ったんだが

「意識が戻れば大丈夫と医師も言っていたので、これで一安心だな

ゆっくり休め」

あいつは安心した顔で微笑んだ

「そう言えば最後のパットはどうなった?入ったのか?」

「打ってないよ、打つ前に倒れたんだ

倒れた直後はなにかうなされていたぞ」

「そうか、この場合ワールドランキングはどうなるんだろう?」

「ワールドランキング?」

あいつが怪訝な顔をした時、ベッドの横に置かれたズボンのスマホが鳴った

「当アプリの使い心地はいかがだったでしょうか?

役に立ったと思われる場合は、高評価をお願いします」

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