桶狭間の戦い【生配信】(噂のYouTuberと有名コメンテーター)

ショートショート

歴史的一日

スタジオにはいつもとは違う緊張感が張り詰めていた

これまでスクープと呼ばれるニュースを何度も流してきたがその時のピンと張り詰めた緊張感ではなく、部外者が紛れ込んでいるという違和感だ

テレビ局の大型カメラの隣にハンディタイプのカメラを持った人間が立っている

1カメと3カメの外側にまるで子どもの運動会を撮影に来た親のように撮影準備をしている

「邪魔なんだけどな!」

と1カメさんがインカムでこぼしてくる

大型カメラの移動のじゃまにならないように距離を取って外側に配置したが本当ならフロアに部外者を入れたくなかった

しかし今日に限ってはこの部外者は共同制作者だ

民間テレビ局しかもキー局の昼帯の情報番組にYouTuberが生出演すること自体少ないと思うが、今回はそれを超える歴史的イベントが始まるのだ

テレビの生放送と同時にYouTubeでも生配信

2週間前MCの今川さんが突然企画を出してきた

今川さんはこの番組を当初から支え高視聴率を叩き出してきた有名コメンテーターだ

司会だけでなく自分の意見をはっきりという事で人気を博してきた

ただしここ2〜3年は他局が若くてイケメンのMCやお笑い芸人出身のMCを起用することでかなり視聴率を奪われている状況だ

MCの今川さんも危機感を感じ自ら企画を考えたのだろう

だからこの企画はアシスタントディレクターや構成作家が出したアイデアとは意味が違う

基本的にはやることが前提で話が進んでいくことになった

スポンサーやYouTuberとの調整でギリギリまで全スタッフが走り回った結果、ようやく実現できることになった

YouTuber信長

通常の放送なら出演者はMCに向き合う形で4〜5名のゲストが椅子に座って進行される

しかし今回は出演するYouTuberが自身のスタジオからいつものスタイルで配信したいということでモニターでの参加になった

今そのモニターに写っているのは、教科書でよく見た人物

「織田信長」

裃を着た肖像画がアバターとして画面上で動いている

「YouTuber信長」というチャンネル名で登録者数100万人を誇る有名YouTuberだ

様々な社会問題を分かりやすく解説し、ユーモアを交えて優しい語り口で発信している話題のチャンネルだ

特徴的なのは信長は物事の本質を突き、問題と言われていることが本当に問題なのか?まで遡って発信している点だ

また経済や政治、法律まで知識量が半端なく個人ではなくチームではないかと言われている

そして今川さんがこのYouTuberを選んだのは理由がある

「YouTuber信長」は広告収入で得ていないことだ

通常はある程度の登録者数になると「広告申請」をして認められれば、動画の視聴数に応じて広告料を得ることができる

この広告のスポンサーがテレビ番組のスポンサーと競合会社の場合もある

そのリスクを排除できるYouTuberは少なかった、登録者数が多い場合は特に

「YouTuber信長」は広告収入ではなく、投げ銭や直接連絡をしてアドバイスを求めれれた場合のコンサル業務で利益を得ているようだ

一方今川さんは有名私立大を卒業して他局のアナウンス部に入局

入社2年目で報道番組のアナウンサーを務め、将来が嘱望されたエリートだった

以後順調に出世し、エースアナウンサーとして人気を得ていたが絶頂期と思われた10年目に突然フリーアナウンサーになった

フリーアナウンサーになると同時に現在の昼帯の情報番組にMCになった

噂では相当な移籍金とギャラで引き抜かれたらしい

番組が始まると強烈な個性と海外紛争では現地に赴き、危険を顧みず凄惨な現場をリポートする行動力に幅広い年代から指示を得た

しかし盤石な人気を得ると徐々に今川さんのスタンスに変化が現れてきた

有名人との付き合いが増え、政府閣僚と会食が噂されるようになり、週刊誌に有名料亭から出てくる姿を写真に撮られたこともある

その頃から政治家や行政を批判しながらもどこかでフォローするコメントが増えてきたことを視聴者は敏感に感じるようになった

初陣

スタジオの照明が一斉に灯り「本番前」の声が響いた

3秒の無言の後、今川さんの第一声が響いた

常連のゲスト紹介が終わり

「本日は特別ゲストに出演いただきました、有名YouTuber信長さんです」

カメラからYouTubeの配信動画への切り替えもスムーズに行った

「今日はよろしくお願いします」とお互い挨拶した後

「ところで信長さんはなんで信長を名乗っているんですか?」

と今川さんがYouTuber信長を知らない一般視聴者の思いを代弁する形で質問した

「実は愛知県出身で地元の三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)を尊敬していまして

特に相手を油断させて大きな敵を倒した『桶狭間の戦い』が好きなので信長さんを選びました〜」

とすこし名古屋訛で答えるとスタジオの他のゲストも納得の表情で一気に和やかな雰囲気に変わった

その後はアバターやYouTubeの仕組みに話を振りながら、各ゲストの意見を引き出していつもと違う進行ながらみんなの興味を惹きつけるのはさすがの今川節だった

これは行けると手応えを感じて何回かのCMをはさみながら前半を終えた

YouTuber信長のチャンネルをスマホで見るとテレビではCM中のスタジオの様子をハンディカメラで撮影し、「テレビはやっぱりお金の掛け方が違います」「こんなにスタッフいるんですよ、うらやましい」と配信していた

後半からは速報や最近話題のニュースを題材にコメンテーターの意見を引き出し、ときにはコメンテーター同士の議論に発展することがあるがいつも今川さんの腕で時間内に上手くまとめることができていた

三本目は速報で80代の老人が小学生を巻き込む交通事故を起こしたニュースだった

詳細は不明だが見通しの良い交差点で老人がアクセルとブレーキを踏み間違えたのではないかという最近良く耳にする事故だった

口火を切ったのは30代の男性タレント木下だった

普段は真面目なことなど言うキャラではないのにこの情報番組では常識人としてコメントしている

「やはりある程度の年齢のご老人は運転免許を返納してこういった痛ましい事故をなくすべきですね」

「そうですね、50歳を過ぎると認知能力の低下が始まるという論文がありますからね」

としたり顔で発言したのは社会学が専門の美人教授でテレビに引っ張りだこの明智だ

それを受けて今川さんが

「今もやってますけど高齢者の免許更新の際に認知機能テストを厳格にやって合格しない人には免許を返納してもらって、代わりに交通パスポートを渡すようにしたほうが良いのではないでしょうか?

信長さん、どう思われます?」と振った

「都会の人の意見だな〜と思います」とすこしのんびりした声で信長は返した

「と言いますと?」今川さんが促す

「まず前提の話として1日平均1600件の交通事故が起こっています

その1600件の交通事故の中でこの高齢者の事故がニュースとして選ばれたのは高齢者の運転は危険というメディアのバイアス(思い込み)があるからじゃないですか?

65歳以上の発生件数は約9万件で10年ほど変わっていません

ところが全体に対する65歳以上の事故率は10年で13%から21%に増えているんです

なぜだと思います?」

「なぜなんでしょう?」と今川さんが少し苛ついて答えた

「少子化により高齢者の割合が増加し続けていることと若い世代の車離れが原因です

若い人は都会に集中し、高齢者が田舎に住むという人口分布も影響大です」

「それでも高齢者は認知機能が落ちて危険回避能力がなくなることで事故を起こしてしまうんじゃないですか?

だから免許返納でそれを少しでも減らしたほうが良いんじゃないですか?」と明智が反論してきた

「だから都会の人は田舎のことをなんにも知らないんだよな〜」と信長が呆れたように言った

「都会と違って田舎は公共交通機関が貧弱なんですよ、便数も少ないしそもそも最寄りの駅やバス停に行くまでに何キロもあることはザラです

子供の頃は岐阜に住んでいたんでよくわかります、車がないと隣町までの山を越えられませんよ

そんな田舎では買い物や病院行くにも車がないと全然行けません、移動手段がないんです

交通パスポートも限度があるでしょ、地方自治体は財政が厳しいところがほとんど

それも含めて我慢しろというのは都会の人の勝手な言い分だな〜」

「だとしたら、なにか解決策はありますかね?」と今川さんがどうせないだろというニュアンスを込めて尋ねた

「踏み間違い防止装置や衝突防止装置を標準装備にすればよいと思います

高齢者が所有する車にはそれらの装置が付いていないことが事故件数増加の一つの要因だと思いますから」

「それはコストが掛かって車の価格が高くなって高齢者が買えなくなるんじゃないですか?」と木下がここぞとばかり大きな声を上げた

「自動車メーカーがあれだけ儲かっているのに世の役に立つことにはお金を使いたくないというなら、やはり補助金を出すしかないと思います」

「省エネ補助金みたいにですか?」と今川さんが言うと

「そうです、ここ10年で世界のCO2排出量は1.5倍になっているんだから効果のないことが証明された省エネ補助金をやめて高齢者の運転が危険と言うなら補助金を出して価格を抑えて販売したら解決やん!」

「技術的にはどうなんですかね?」と更に今川さんが突っ込むと

「自動車メーカーは儲けにならない限り自ら動きませんからね、補助金を出すしかないんですよ

海外メーカーはある程度の性能で出してます、完璧になるまで待ってたら取り残されてこの課題は解決できません

世界のT社とか技術のN社とか言ってるのにこんなこともできないなんて恥ずかしいやろ?」

番組のメインスポンサーのT社の名前が出た途端、全員の息が止まった

とっさにMCの今川さんの顔を見ると右眉がピクッとつり上がったが一瞬だった

「議論が盛り上がってきましたがここで一旦CMです」といつも今川さんのトーンで言った

桶狭間の戦い

CMに移って1秒後、今川さんの怒声が響いた

「てめえ、ふざんけんじゃねえぞ

うちのメインスポンサーのT社さんに舐め腐った口きくんじゃねえ!

てめえなんか簡単に潰せるんだぞ!」

信長は「へえ、どうやって?」と予想外に冷静な反応をした

「総務大臣の武田さんに言えばお前の配信なんか簡単に止められるんだよ」

と勢いに任せて今川さんは答えた

「それは難しいと思いますよ」

「なぜだ?」

「信長のチャンネルはアメリカで登録しているので配信を止めるにはアメリカに働きかけるしかありません

武田さんがそこまでの力があるとは思えませんが」

今川さんが言い返す前にフロアマイクのスイッチを掴んだ

「今川さん、YouTubeにCMはありません!」

CM中のやり取りは全てYouTubeで配信されていた

スマホを見るとYouTuber信長の視聴者数が500万を超えて更にどんどん伸びている

今川さんは我に返ったように立ちすくみ

反対に信長のアバターが嬉しそうに叫んだ

「600万突破! ありがとうございま〜〜す

勝どきじゃ~、エイエイオー、エイエイオー」

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