シロートに負けても笑顔のプロ!?

ショートショート

おばあちゃんの笑顔

ノブばあちゃんが元気な声で「ロン」と叫ぶ

私が捨てた牌(パイ)がノブばあちゃんが待っていた牌(パイ)だったのだ

いつもは控えめなノブばあちゃんが嬉しそうに出来上がった役を見せた

出来上がったのは滅多にできない1万点超の高得点の役で牌(パイ)を捨てた私がノブばあちゃんに1万2千点を支払わなければならない

「あ~ん、こんな役を待っているなんて思ってなかった」

と私が1万2千点の棒をノブばあちゃんに渡すと

「ウフフ、私もこの役は初めてできました

ありがとうございます」

とノブばあちゃんが申し訳無さそうに点棒をもらった

対面のヒロじいちゃんが

「プロなのにそんなの振り込んで悔しくないの?」

と茶化すように言ってくる

「プロはプロでも、健康マージャンのレッスンプロですからね

レッスンプロとしては教え子がプロを負かすほどうまくなる方が嬉しいですよ」

と負け惜しみ半分と本音半分で答えた

健康マージャンのプロ

マージャンは4人一組で行われる頭脳ゲーム

囲碁や将棋のように2人が対決する頭脳勝負ではなく、どちらかと言うとトランプや花札のように運に左右されるゲームだ

しかしマージャンは昔の映画やテレビなどの影響で賭け事で不健康というイメージが強い

たぶんそのようなマージャンだったら、私は足を踏み入れなかったと思う

私達がやっている「健康マージャン」は

「賭けない、飲まない、吸わない」

を原則にしているからお年寄りや女性でも始めることができる頭脳スポーツだと思っている

私が「健康マージャン」に興味を持ったのは定年退職後4年経った64歳の時だ

図書館でなにか面白そうな本がないかと物色していたら、司書のおすすめというコーナーに「はじめての健康マージャン」という本が置かれたいたのだ

司書のおすすめは高尚なものという勝手な思い込みがあったので意外に思い、思わず借りることにした

マージャンはニンテンドーのゲームに入っていたのでやったことはあるが、実際のテーブルやマージャン牌(パイ)を使ってリアルでやったことはなかった

この本で最初に書かれていたのはマージャンの歴史や遊び方ではなく、先程書いた「健康マージャン」の三原則だった

「賭けない」は、お金を賭けない

「飲まない」は、お酒を飲まない

「吸わない」は、タバコを吸わない

を約束事にしたクリーンなマージャンが「健康マージャン」

なぜだかわからないが「健康マージャン」をやらなければと思った

私は人生の中でこれまで趣味らしい趣味を持ったことがなかった

特に母が腎臓病を患い、糖尿病を併発してからは外で遊んだり旅行や趣味に没頭する時間が持てなかった

母が腎臓病を発症し、人工透析が必要になったのは母が58歳、私が30歳のときだった

それ以降運転ができない母を2日に1度、近くに住むおじさんと交代で送り迎えすることになった

今と違って介護サービスもなく、時間的・精神的な負担は大きかった

母が亡くなるまでの20年、会社と家の往復で過ごし気がつけばなにか新しいことを始めようという気が無くなっていた

初めてやる気になった私は、自分でも驚く行動力ですぐさま近くの「健康マージャン」教室を開催している雀荘(ジャンソウ)に電話し、翌週の予約をした

教室の講師はやさしそうなおじさん

最初に教えてもらったのは「健康マージャン」の三原則、次にマージャンの基礎知識

マージャン用語は中国語が起源だから、聞き慣れないものばかりで何度も講師の先生に聞くばかり

それでも先生は嫌な顔をせず、図や表を使って丁寧に教えてくれた

しかもこの「健康マージャン」教室の参加者はほとんどが同年代かすこし年上の女性で安心してすぐに打ち解けた

無謀な挑戦

あっという間に「健康マージャン」にハマり、週3〜4回教室に通うようになった

苦手だったマージャン用語もメモを取りながら、我ながら熱心に覚えた

ゲームの進め方も複雑だったが、2〜3ヶ月すると自然とできるようになった

この頃から初心者や他の生徒さんに簡単なことを教えることが増えた

先生も手伝ってくれると助かるということで、アシスタントのような役割をするようになり、ほぼ毎日教室に通うようになった

毎日が楽しくやりがいがあった

そして生徒さんから

「本当に教え方が上手でわかりやすい

また教えてね」

と言われることが増えた

教え方については定年まで勤めた仕事が役に立ったのかもしれない

その仕事は業務用ソフトのインストラクターだった

私がいた会社は比較的大手の販売管理ソフトを扱っていた

初めて導入するお客様に使い方を教えて、満足してもらう重要な仕事だと思っていた

知識も経験もバラバラのお客様に合わせて説明資料を作成し、手取り足取り教える立場なので自然と誰でもわかりやすい話し方や伝え方が身についた

さらにこの製品はロングセラー商品だったので幾度も改良され、その度にインストラクターが改良点を伝える必要があった

ソフトを使う人は基本的に操作が変わることを嫌がる

たとえどんなに便利な機能がついたとしても

だから最初に便利になる点を強調し、変更点はこんなに少ないですよと単純化して、いわば暗示にかけるレベルまで話し方に気をつけた

そのためには誰よりも商品を理解し、周辺知識(法律やIT)のアップデートをし続ける努力が身についた

今回の「健康マージャン」も同じ手法で理解し、知識を身につけることが出来た

そんな風に「健康マージャン」を楽しんでいる時、先生から突然こう言われた

「レッスンプロになってみないか?

もちろん試験に受かる必要があるが、健康マージャンの理解や基礎知識は十分にある

後は正式の試合方法や点数計算などのかなりハードルが高い経験を積む必要があるけど、

いちばん大事な『優しくわかりやすく教える』能力は持っていると思うんだよね」

やる! と決意した

試験に受かるかどうかはわからないが、こんな楽しくて人に喜ばれるものを広められることに挑戦しないのは後悔すると思った

それからはより難解なマージャン用語やルール違反、さらに数多くのアガリ役の記憶に時間を割いた

しかし最も苦戦したのは『点数計算」だ

それぞれのアガリ役の点数の他にアガリ方や牌の種類によって、点数✕2倍(1ハン)・4倍(2ハン)・8倍(3ハン)・16倍(4ハン)となる複雑な計算方法なのだ

さらに例外的なケースがいくつもあったりする

文系の私には瞬時の暗算などできるはずもなく、色んなケースを丸暗記するしか対策がなかった

これはレッスンプロになった今も苦手だ(今はスマホアプリという強い味方がある)

年2回の試験があるが最初の夏の試験はあまりにも自信がなくパスした

何しろ全国で380名程しかいないレッスンプロなのだ

そして冬の試験を受験し、最後は教官が私の熱意に情を掛けてくれたようで

ギリギリの合格!

ということで多分、史上最も弱いプロが誕生したのだ

表情を読む

最終局に入った

最初の負けを徐々に取り返して持ち点5万6千点まで持ってきた

途中6連チャン(親の場面で勝ち続けると親を継続でき、得点が有利になる)できたのでほとんど一人勝ち

配牌(最初に配られた13枚の牌)はあまり良くないが大きい負けをしなければ1位で勝ち抜けるだろう

最終局が始まって3分の1ほど進んだ時、ノブばあちゃんの表情が険しいのに気がついた

マージャンは運や確率も大事だが、他のメンバーの表情を読む心理戦も大事だ

大体の場合、険しい表情になるのは大きな役ができる可能性が高い時だ

ノブばあちゃんの持ち手が良いのかもしれない

そう思ってノブばあちゃんの捨てた牌を見ると数牌が多い

数牌とは1〜9の数字が書いてある牌で3種類の柄がある

トランプでいうスペード、ハート、ダイヤの1〜9に当たるものと思ってもらえれば良い

その数牌の中で真ん中あたりの3〜7が多いのだ

マージャンでは確率的に3〜7は順番に並ぶ役になりやすいので他のメンバーが狙っている役を避けるために積極的には捨てないはずなのだ

その危険を犯しても真ん中あたりの数牌を捨てるのは「国士無双(コクシムソウ)」を狙っているのではないかと読んだ

「国士無双(コクシムソウ)」は3種類の数牌の1と9を揃え、他にアタマ用のペア2枚があればできてしかも高得点のアガリ役なのだ

きっとそうに違いないと確信した私は数牌の3〜7を優先的に捨てることにした

こうすればノブばあちゃんが狙っている牌に当たって(いわゆる「ロン」)しまい、点数を支払うことを免れることができる

そのままゲームは進み、牌山が残り僅かになった時私の手持ちの数牌が無くなった

この状態になったら、自分が役を作るより振り込んで「ロン」されないことが優先だ

ノブばあちゃんの捨て牌を見ると1枚だけ字牌の「中」があった

自分が捨てた牌と同じ牌では「ロン」をすることができないので、自分が持っていた「中」を捨てることにした

「中」を捨てた瞬間、左隣のユミさんが「ロン」と静かに言った

あまりの意外さに私は思わず

「えっ」

と声が漏れた

先ほど「リーチ」を宣言したユミさんが私の捨てた「中」を取り、手牌に並べ、少し高揚した顔で牌を倒して見せた

「大三元(ダイサンゲン)、リーチ一発」

ノブばあちゃんが立ち上がりながら言った

「ユミちゃん、おめでとう!

アガってくれてありがとうね

トイレ行きたかったのよ〜

早く誰かにアガってもらおうと思って、数牌の真ん中ばかり捨てたんだけど誰もアガってくれなくて

助かったわ」

(「うそ、あの険しい表情はトイレを我慢していたの? そんな〜」)

「先生、ドラも含めて5万6千点ですね」

「はい、箱点(0点)になりました

レッスンプロ冥利に尽きます」

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